毎年夏に審査員として参加させていただいているピティナ・ピアノコンペティション(以下コンペ)。コロナ・パンデミックのために開催方法が大幅に変更された第44回の今年は、オンラインでの審査・採点が行われることになり、私はD〜F級の「課題曲チャレンジ」と最上級である「特級」の一次予選(動画審査)を担当しました。
「課題曲チェレンジ」はピティナの会員マイページから動画をお一人ずつ拝見し、採点と寸評を入力しました。自由な時間におこなってよく一時停止をしてもOKなので、普段の審査よりコメントを書く時間に余裕があり、最近個人的にお引き受けしているオンライン添削型レッスンと似たような形で進めることができたと思います(注※コメントの量は異なりますし、レッスンで点数をつけることはありません)。ご家庭やピアノの先生のお宅と思われるお部屋で撮影された動画が多く、中には電子ピアノでの演奏もありましたが、それらの「環境」は採点に加味せず、演奏そのもので判断するという試みでした。
課題曲数が多く、国際コンクールを目指す人たちのためにある「特級」は、できるだけ通常のコンペに近づけるため、全審査員が同時スタートで提出された動画を視聴し、半日かけて審査するという形でした。
事務局の方々が初めてのオンライン審査のために様々な工夫をしてくださったおかげで、Zoomでの審査会議を含め、とてもスムーズに進んだのではないかなと思います。日本-ドイツ間の7時間の時差があるので私は深夜からの参加でしたが、早起きしてよかった!と思える充実の内容でした。なお、講評は手書きしたかったのですが、郵便事情の関係でファイルに直接入力するという形をとらせていただきました。
国際コンクールではビデオでの「予備予選」が行われる場合があるため、特級の参加者の方々には良い予行演習になったのではないでしょうか。20分ほどのプログラムを休憩なしで弾き切った、カメラ一台・無編集のものを提出しなければなりません。ベストな演奏を収録するのも大変な作業です。
特級ともなると参加者のプログラムは演奏効果の高いダイナミックな作品ばかり。提出された動画からは色々と試行錯誤されたんだろうなあ、と感嘆するようなものもあれば、どうしても音割れが気になってしまう、というものもありました。音割れというのは、高音や強音になると生じる「ビリビリ」といった不快な音のことです。拝聴したグループの一部の参加者の方々の動画にそういった症状があり、音量が大きく激しい曲の演奏中にはずっとその音割れが続いている状態でした。コロナ禍での状況を考慮し、録画環境はコンサートホールや自宅などに関わらず、一切採点に加味しないというルールがあったため、それらが評価に影響することはありませんが、この「音割れ」に関しては収録場所云々の問題ではなく、少しの「気づき」で改善できた点ではないかと考えています。
参加者の方々がどのような機材で録画されたかは分かりませんが、おそらくスマートフォンか家庭用のビデオカメラ、あるいはデジタルカメラの録画モードをお使いだったのではないでしょうか。
まず「音割れ」自体に気がつかないと改善もできないのですが、録音する際に手動で調整、またはオートで録る場合にも確認しておくべき「録音レベル」に気をつけていなかった、というケースが考えられるなと思いました。オートに設定した場合は機器が音量の限界を超えるとリミット表示を出して警告してくれるでしょうし、マニュアルで調整しながら一番良いレベルを自分で探すという手段もあります。
スマホしか録画できるものがなかった場合の調整は難しいですが、「音割れ」の存在に気づけば収録する位置を楽器から離したり、マイクの向きを変えたり、何かで覆ってみたり、色々と解決策を探れるはずです。とにかく大事なのは、一番音量の大きい箇所、小さい箇所をテスト録音し、強音で音割れがないか、逆に弱音で音が飛んでしまっていないかチェックするという作業です。そして、参加者自身がそれに気づけなかったとしても、指導者はしっかりとチェックし、アドバイスすべき点だと強く感じます。
インターネット上のデジタルデータ化された音楽や動画をスマホで視聴するのが当たり前になった時代、若い人たちが「音割れ=雑音」の存在に無頓着だったとしても不思議ではありません。けれど音楽家は「耳」が命。なんだかちょっと心配になってしまったので、敢えて記すことにしました。もし心あたりのある方がこれをお読みでしたら、いち審査員、否、ひとりの聴衆からの意見として受け取っていただければ幸いです。
萬谷衣里